2050年の食卓と「タンパク質の多様化」〜“細胞性食品”が切り開く持続可能な食の未来〜

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細胞性食品が切り開く持続可能な食の未来
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現在、世界中で議論されている「タンパク質危機(プロテインクライシス)」。これが一体何を意味するか皆さんはご存知ですか?

これは、人口増加や経済発展に伴うタンパク質需要の急増に対し、従来の生産方法では供給が追いつかなくなる事態を指しますこの地球規模の課題に対し、テクノロジーの力で需要や供給不安に応える「補完的な選択肢」として提示されているのが「細胞性食品(セルベースフード)」です。(※メディア等で「培養肉」などの表現も見られますが、本記事では細胞性食品と呼称します。)

今回は、タンパク質供給源の多様化を支える存在として期待される細胞性食品について、一緒に学んでいきましょう。

「タンパク質危機」とは

なぜ、いま世界規模で「タンパク質が足りなくなる」と予測されているのでしょうか。その背景には、人口増及び経済成長に伴う需要の増加と、従来の生産システムが抱える物理的な限界という、2つの大きな要因があります。

① タンパク質需要の増加:人口増加と「食の高度化」

第一の要因は、タンパク質需要(特に肉)が世界で大きく膨らんでいることです。

国連の予測によれば、世界人口は2050年までに約97億人に達するとされています。

そして、人口増加が著しい新興国においては、経済成長に伴い食生活にも変化が起きています。生活水準が向上すると、食事の主役は穀物から、より満足度の高い動物性タンパク質(肉類)へとシフトします。つまり、「人口の増加」に「一人当たりの消費量の増加」という2つの変化が重なることで、タンパク質の需要は爆発的な勢いで増え続けているのです。

タンパク質が起きる原因①

② 供給の制約:畜産業の資源効率の低さと環境負荷

第二の要因は、その需要増加に応えるべき畜産業の仕組みが、多くの資源を必要とするため、供給できる量に限度があることです。従来の畜産業は、極めて多くの資源を投入してタンパク質を生成する「リソース集約型」の産業です。

例えば、牛肉1kgを生産するには、約25kgの穀物飼料と、約15,000リットルもの水が必要です。人間が直接食べられるはずの穀物を家畜の飼育に回すこの仕組みは、限られた地球資源を使いすぎるという課題を抱えています。

また、世界の温室効果ガス排出量の約14.5%が畜産業によるものだと報告されています。特に牛のゲップなどに含まれるメタンガスは、二酸化炭素の約28倍という高い温室効果を持っています。

タンパク質危機が起きる原因②

これら2つの要因が重なることで、一つの深刻な矛盾が生じています。

「増え続ける需要に応えようとお肉の生産を増やせば増やすほど、その活動自体が、農地や水、気候といった『お肉を生産し続けるための基盤』を壊してしまう」

つまり、これまでのやり方を続けるだけでは、水や飼料といった自然資源の制約により、将来的に供給が立ち行かなくなる可能性があります。この課題に対して、従来の生産方法を置き換えるのではなく、「タンパク質の多様化(補完的な選択肢の拡充)」を実現する技術として、動物の細胞に直接栄養を与えることでお肉を形作る(生産する)「細胞性食品」が今注目されているのです。

参考:

細胞性食品とは:細胞から生産する新たなタンパク源

細胞性食品とは、「動物から採取した細胞に栄養を与え、体外で生産される食品」です。植物を主原料とする植物性食品(プラントベースフード)とは異なり、動物由来の細胞を用いていることが特徴です。

細胞性食品の製造は、大きく分けて以下の3つのステップで行われます。

  1. 細胞の採取と前処理: 動物から筋肉の元となる幹細胞を微量採取し、細胞を保存・選別します。
  2. バイオリアクターによる増殖: 採取した細胞を、栄養(アミノ酸、糖、ビタミンなど)を豊富に含む「培養液」に浸し、体内環境を模した装置(バイオリアクター)内で急速に増殖させます。
  3. 組織化・成型: 増えた細胞を「足場」(後述)となる材料に接着させ、筋肉の組織として成長させます。

参考:一般社団法人細胞農業研究機構「Q: 「培養肉」の作り方を詳しく知りたい

ミンチから「ステーキ」へ:食感を左右する「足場」の技術

細胞を増やす技術が進む一方で、現在大きな課題となっているのが「肉らしい食感」の再現です。

実は、バイオリアクターで単に細胞を増やすだけでは、筋組織(筋肉の繊維)としての構造を持たないため、得られるのは「ペースト状の肉細胞」にとどまります。そのため、現状で想定されている活用先は、ハンバーグやナゲットのような「ミンチ肉」を用いた製品が中心です。私たちがステーキ肉に求める「噛み応え」や「繊維感」を生み出すには、バラバラの細胞を整列させ、立体的な組織へと成長させなければなりません。

そこで重要になるのが、細胞がくっついて育つための構造体、「足場」という技術です。

足場の役割

培養液の中で、細胞はこの足場に付着し、その形に沿って増殖・分化することで、本物の筋肉に近い繊維構造を形成します。いわば、家を建てる際の「骨組み」のような役割を果たします。

材料の多様化

足場の材料には、動物由来のコラーゲンのほか、より安価で持続可能な「キノコ繊維(菌糸体)」などの植物由来材料も活用されています。

日本国内では2019年3月、日清食品ホールディングスと竹内昌治教授率いる東京大学の共同研究チームが、コラーゲンの足場を用いることで、世界で初めて「厚みのあるサイコロステーキ状のウシ筋組織」の作製に成功したと発表しました。これは、単なる「細胞の塊」から「立体的な組織」へと進化した、非常に大きな一歩と言えます。

ステーキ状の細胞性食品

細胞性食品を「日常的な食材」として普及させるためには、培養液と同じく、この足場材料をいかに低コストで安定供給できるかが次の鍵を握っています。

参考・画像出典:日清食品ホールディングス「肉本来の食感を持つ「培養ステーキ肉」実用化への第一歩! 世界初 サイコロステーキ状のウシ筋組織の作製に成功」

なぜ細胞性食品が「持続可能」な選択肢なのか

では、細胞性食品がなぜ「持続可能」な選択肢として期待されているのでしょうか。その理由は大きく分けて3つです。

環境負荷の劇的な低減: オックスフォード大学などの研究によれば、細胞性食品は従来の畜産と比較して、土地利用を最大99%、水の使用量を最大96%、温室効果ガスの排出を最大96%削減できる可能性があると試算されています。

食文化の維持への貢献: 細胞性食品の技術は、私たちが慣れ親しんだ食文化を将来にわたって維持するための取り組みとしても期待されています。食肉だけでなく、細胞性ウナギや細胞性マグロなど、資源減少が懸念される水産物にも応用されています。

供給と価格の安定化: 外部環境の変化に影響されにくい施設内で生産されるため、自然災害や調達コストの変動リスクを抑え、将来的にたんぱく質の安定供給を支える一助となります。

なぜ細胞性食品が持続可能な選択肢なのか

参考:

私たちの食卓に届くまでの「3つの高い壁」

しかし、細胞性食品が私たちの食卓に日常的に並ぶ食材になるためには、まだ乗り越えるべきハードルがあります。

製造コストの壁:

世界で初めて作られた細胞性食品のパティの製造コストは数千万円と言われています。近年、研究発展や世界各国の企業の技術改良により、生産コストは1kgあたり1,200円〜数千円まで下がっていますが、日常的に購入できる選択肢になるためには、さらなる低コスト化と大量生産技術が必要です。

安全基準と法整備:新しい食品としての安全性をどう評価し、どう表示するかのルール作りが世界中で進んでいます。シンガポールやアメリカ(一部の州を除く)、イスラエルが先行して認可を出しましたが、日本では慎重な議論が続いています。

心理的・社会的な受容性(食文化との調和): テクノロジーで作られた食品に対する心理的な抵抗感をどう和らげるかに加え、既存の一次産業や食文化といかに調和していくかが重要な鍵を握ります。

海外の一部地域では細胞性食品に対する慎重な法整備の動きも見られますが、これは安全性への懸念に加えて、「地域の伝統的な食文化や産業とどう共存していくか」という社会的な模索の表れと言えます。だからこそ、細胞性食品が既存の農業と対立するものではなく、将来の需給不安を支える「補完的な選択肢」であることを丁寧に伝え、社会全体の理解を深めていく必要があります。

細胞性食品が食卓に届くまでの三つの壁

参考:

選択肢のある未来へ

2050年、私たちのメニューには、従来のお肉と並んで「細胞性食品」という選択肢が当たり前に並んでいるかもしれません。

細胞性食品は、これまでの食文化を否定するものではなく、地球環境を守りながら「美味しいお肉を楽しみ続ける」ための新しい知恵です。

テクノロジーが生み出したこの新しい選択肢を、私たちはどう受け入れ、どう育てていくのでしょうか。それは、これからの社会を担う私たちの手にも委ねられています。

(文・構成・画像 TET学生編集部 mm )