ムーンショット目標5の「社会実装の場」を三浦半島に――潮教授が語る「観光・教育・健康」を核とした未来都市開発「ミウラプロジェクト」

研究する
Nano LC-MS/MS(タンパク質のアミノ酸配列などを自在に解析する装置)の説明をする潮教授
TET編集部 TET編集部

ムーンショット目標5が目指すのは、「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」すること。

この壮大な目標を実現するための社会実装の場として、今、神奈川県の三浦市が注目を集めています。この取り組みを推進するのが、東京大学大学院農学生命科学研究科の潮秀樹(うしお・ひでき)教授らが率いる「ミウラプロジェクト」。観光・教育・健康をキーワードに、三浦市を未来都市のモデルケースへと育てていくプロジェクトです。

今回は、「ミウラプロジェクト」の具体的な内容、ムーンショット目標5との密接な関連性、そして潮先生ご自身の幅広い研究活動について、詳しくご紹介します。

※ムーンショット、ムーンショット目標5について詳しくは下記のページをご覧ください。

潮秀樹教授について

潮秀樹教授

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授

水生生物が進化の過程で獲得してきた多様な生存戦略を、生化学・分子生物学・生理学・物理化学・情報生物学といった幅広い手法を用いて解き明かし、それらを可能な限り有効に活用することを目指している。研究対象は微生物から哺乳類まで多岐にわたり、その成果は基礎科学の発展にとどまらず、食品・エネルギー・環境など幅広い分野へと応用されている。最終的には、人の健康や生活の質(QOL)の向上にもつながりうる、社会への還元を重視した研究を進めている。

ムーンショット目標5プロジェクト「自然資本主義社会を基盤とする次世代型食料供給産業の創出」(高橋伸一郎代表)の社会実装を推進する「ミウラプロジェクト」を率いている。

ムーンショット目標5の「出口」としてのミウラプロジェクト

「ミウラプロジェクト」の背景と目的

ミウラプロジェクトには大きく二つの柱があります。

一つは、私たちが関わるムーンショット目標5プロジェクト(高橋伸一郎代表)で開発した研究成果を社会実装していくための「出口」を三浦半島に確立することです。地域に根ざした“おいしくて地球にやさしい食で健康を実現し、未病解決につなげる”仕組みを、実際にここで形にしようとしています。

もう一つが、東京大学の「海洋生物研究教育拠点」の設立です。現在浜名湖にある水産実験所を三浦市に移転し(予定)、理学系、大気海洋研究所、生産技術研究所と連携を強化して、国際的かつ卓越した教育研究を行う拠点とする計画です。

この研究教育拠点の設立と、ムーンショット型研究開発事業を含む研究の社会実装の場を三浦市に作るという計画が組み合わさった形、これがミウラプロジェクトの全体像です。

東京大学の「海洋生物研究教育拠点」

未来の海を子どもたちとつくる― 三浦でのアーリーエクスポージャー

海洋生物研究教育拠点は、水圏生物を対象とした教育研究の場のみならず、子どもや学生が早くから体験的に学ぶ「アーリーエクスポージャー」の場としても活用されます。陸上の養殖施設のバックヤードを見学したり、臨海実験所で作成した標本を観察したりすることで、水圏生物の体の仕組みや生態を理解することができます。

かつて三浦半島周辺に広く生息していた海藻・海草は、近年の海水温上昇で激減しました。そこで、市民団体の「FABO(ファボ)」(榎本さやか代表)などが中心となり、海の環境の再生に向けた活動を進めています。(海藻を食べてしまう)食害生物のムラサキウニなどを採捕するほか、城ヶ島にある神奈川県水産技術センターなどからカジメアマモといった海藻・海草の種苗を提供いただき、それを実際に植える活動も実施しています。この活動には、小学生をはじめとする子ども連れの参加者にも加わってもらっています。

なぜ三浦なのか

実は三浦市は、「限界都市」に分類されており、高齢化の進行や財政難といった深刻な課題を抱えています。地域経済の衰退や人口流出など、様々な国内の地域社会に共通した課題を抱えているんです。

しかも三浦市は漁業(マグロ)や農業(ダイコン・キャベツ)で知られていますが、市場や流通の仕組みが十分でないため、「せっかく作っても・獲っても消費されずに廃棄されてしまう」現状があります。

だからこそ、未利用資源を活用し、地域の産業や生活を支える新しい仕組みを構築する必要があるのです。三浦で「地球にも人にも社会にもやさしい未来の街づくり」が実現できれば、同様の課題を抱える地域へのモデルケースにもなると考えています。

なぜミウラで進めるのか

AI Nutritionで実現する、健康と地球にやさしい未来の食

私たちがムーンショット目標5のプロジェクトで目指しているのは、「科学的エビデンスに基づいた『食から健康』の実現(AI Nutrition)」です。具体的には、AIやDX技術を活用し、人の代謝をモニターして、個人ごとのデータに基づいた最適な食事を提案し、未病を解決できる仕組みをつくろうとしています。

従来の栄養学は、大人数の平均値から「○○を食べると△△になりやすい」といった傾向を導くもので、個人レベルでの分析は十分ではありませんでした。

しかし、私たちの研究では、ウェアラブルデバイスを装着するだけで、血中アミノ酸濃度などの生体情報を時系列で個別に取得することを目指します。そのモニタリング結果をAIで解析すれば、病気になる前の「未病」の段階を検出することも可能となります。さらに「食事のバランスを変えることで予想される体内の健康状態の変動」を分析し、個人に最適な食事を提案できる仕組みをつくることもできるようになります。

また、そのパーソナルな食事を提案する際には、未利用・低利用資源を取り入れ、体にも地球にも優しい「プラネタリーヘルス・フード」も含めていければ、と考えています。

本コンソーシアムで目指す2050年の未来像

三浦でのムーンショット目標5プロジェクトの社会実装のイメージ

まずは、三浦市で大量に存在する未利用資源や低利用資源(未利用魚介類など)を活用して、体にも地球にも優しい「プラネタリーヘルス・フード」を開発していきます。

近年、海水温の上昇によって、三浦近海に食害魚(アイゴやブダイなど)やウニが激増しているのですが、食害魚らが海草や海藻を食べ尽くしてしまうため、藻場が激減しているのです。そのため、藻場を守る目的でこれらの魚を捕獲していますが、ただ廃棄するのではなく、新しい資源として有効活用できないかを探っているのです。

たとえば「アイゴ」。関東ではあまり馴染みのない魚ですが、西日本では高級魚として知られています。幼魚は南蛮漬けやアヒージョにすると美味しく、成魚の中落ちを50度で一晩干した干物からは上質な出汁が取れることがわかっています。さらに肉の部分は缶詰やソーセージに加工できるなど、さまざまな可能性が見えてきています。

未利用魚:ブダイとアイゴ

こうした食材の可能性を引き出すために、私たちの研究室では基礎実験を行い、その成果を企業に共有しています。そして企業が試作品をつくり、それをまた研究室で分析・検証し、改良を重ねていく。このように産学が連携しながら、「プラネタリーヘルス・フード」の商品化を模索しています。

さらに、この仕組みを「観光」と結びつけることで、地域に新たな価値を提供できると考えています。例えば、三浦市に長期滞在している観光客が、滞在中に気づかないうちに健康診断やモニタリングを受け、その結果に基づいたオーダーメイドの食事「パーソナライズドフード」を宿泊施設で楽しむというアイデアです。旅行を満喫しているうちに体も整えられ、帰る頃には健康になっている。こうした新しい観光のスタイルも、このプロジェクトを通じて実現できれば、と考えています。

東京大学高輪キャンパス(東京・品川)との連携で広がる可能性

三浦での取り組みは、東京・品川エリアとも密接に結びついています。高輪ゲートウェイ駅直結のビル内にある東京大学高輪キャンパスには「プラネタリーヘルス研究所」が設置されており(2025年10月ラボオープン予定)、私自身も兼任で所属しています。ちょうどその上階に本社を移転してくる予定のマルハニチロ株式会社(2026年3月に、Umios株式会社に社名変更)さんとも、人と地球に優しい食「プラネタリーヘルスダイエット」の創出に向けて連携していく予定です。

また、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)さんと京浜急行電鉄株式会社さんは、いずれも東京大学と共同研究を進める重要なパートナーです。JR東日本さんは三浦半島の北の部分と繋がり、京急さんは品川駅から三崎までダイレクトに繋がっているため、この2社の協力を得ることで、三浦半島全域をカバーする交通網が実現します。市場が十分に存在しない三浦からでも、オンデマンドで資源を集荷し、鉄道で都市部に運ぶ新たな仕組みづくりが可能になるのでは、と考えています。

東京大学と東日本旅客鉄道株式会社の共創事業契約

東京・品川の拠点と三浦の資源を結びつけ、研究と企業、そして地域社会が一体となって取り組むことで、「未来の食と健康」を実現するプロジェクトを前進させていきたいと考えています。

参考:

微生物から人まで:潮教授の幅広い研究活動

潮教授ご自身の研究室(水産化学研究室)で展開されている研究

研究対象は微生物から人までと非常に幅広いですね。生命化学、有機化学、生化学がメインの専門分野になります。

しかも、東京大学の農学部で、食品そのものの基礎研究を行っている研究室は私たちの研究室だけなんです。ですから、お魚や海藻、お肉、あらゆる食品を研究対象としています。

潮秀樹教授

注目!海藻の「フコース」〜肥満予防・抗炎症作用・脱毛予防〜

海藻(カジメやコンブ)のねばねば成分「フコイダン」を構成する単糖「フコース」に関する研究は、最近の研究室の大きな成果のひとつです。動物実験やヒトを対象にした試験からは、フコースを一定量継続して摂取することで、便通の改善や肥満予防につながるという効果が明らかになってきました。さらに、最近では、抗炎症作用も見つかっています。

フコース
実際にフコースを舐めてみると、口に入れた瞬間にふわっと甘さが広がり、その後すっと消える、爽やかな甘味を感じました。

味覚改善に関する研究

味覚の改善物質に関する企業との共同研究も行っています。高度不飽和脂肪酸が酸化する際に生まれるある成分が、味を強く感じさせる働きを持つことを発見し、神経科学的にもその効果を証明しました。この味覚改善物質は、ヒト介入試験を経て製品化され、減塩食の味を補う目的などで使われています。一般にはあまり知られていませんが、多くの食品の調理にも利用されているため、実は私たちも日常的に口にしているかもしれません。

100年後の地球のために

Nano LC-MS/MS(タンパク質のアミノ酸配列などを自在に解析する装置)の説明をする潮教授
Nano LC-MS/MS(タンパク質のアミノ酸配列などを自在に解析する装置)の説明をする潮教授

潮先生が率いる「ミウラプロジェクト」は、研究成果を社会に還元しながら、地域の課題解決と未来の食・健康づくりを両立させようとしています。その挑戦は、三浦市だけにとどまらず、日本、そして世界の持続可能な社会を実現する大きな一歩となることでしょう。

そして、プラネタリーヘルスフードが私たちの食卓に並び、旅をしながら健康を育む新しい観光の形が実現する日も、そう遠くないのかもしれません。そうした未来は、研究者や企業だけがつくるものではなく、日々の食の選択やライフスタイルを通じて、私たち一人ひとりも関わっていくことができるものです。

100年後の地球をより良いものにするために、私たち一人ひとりも何ができるのか、一緒に考えていきませんか。

(取材日:2025/9/25)

(資料提供:潮秀樹教授、高橋伸一郎教授)